82 吉田の火祭

陰暦七月二十一日の夜、富士吉田より富士頂上まで、此の版畫の如き松薪を燃やすのだ。松薪は筍形に積み上げ長さ三米餘、根の廻り二米に及び、火は徹宵燃やし續けられる。幾百の火柱は炎焔天を焦し黒煙空に冲して、恰も大小の火龍の爭ふて昇天せんとするかの觀を呈してゐる。實に奇絶壯絶他に類を見ない祭である。然も此の夜にはどんな風があつても、昔から火事の起つた例がない。これ神徳の致す所と土地の者は畏敬してゐる。富士登山の道はいくつかあるが、吉田から登る北口登山は第一に數へられてゐる。大月からこゝまで山麓電車が通じてゐる。近年この吉田を中心に明見、瑞穗、船津等山麓都市としての發展は素晴しいものである。甲斐絹の如きも谷村に次ぐ生産地として亦名高い。

(古谷文太郎)


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