59 一蓮寺の晩鐘

遊龜公園内にあり、舊寺域は一條次郎の館趾で、一條道場稻久山一蓮寺と稱へた時宗であり、又尊觀法親王の舊蹟でもある。舊山門の額號は後醍醐天皇の勅書で、本堂には東山天皇の勅額もある。武田信玄公筆渡唐天神、萬里小路藤房奉納の石鏡、其の他古文書が多く藏されてゐる。藤澤の遊行寺になほるには必ずこの寺の住持の修業を經たものときまつてゐる。高く拔き出た松の緑は見えないが、紺青の空の下にかそけき音を奏で、靈徳を物語つて居るのは又捨て難い風情である。
この版畫に見えないが朝な夕な響き亘る本寺の鐘の音は、甲州第一と昔から謂はれてゐる。

(松下常造)


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