3 創作版畫と學童版畫

 前にも一寸述べた如く、版畫とは木材、金屬、石材等の平板なものゝ面に畫を描き、これを彫り、又は化學的變化を與へて、これを紙に刷り取つたものゝ謂である。この版畫の製作に當つて、作者が單なる職工的氣分でなく、日本畫や、油繪や、水彩畫を描くと同樣に、只その表現材料として、版を選び刀を筆にかへたまゝで、作者がよく版のもつ特質を知り、その下繪にも彫りにも刷りにも、全く作者自身の氣持ちなり感じなりを生かして、直接版で表現して行くものを創作版畫といつてゐる。換言すれば、進歩せる版畫術が作者の藝術的態度を通じて表現される所に、創作版畫の特質がある。製版のプロセスには勿論制約があり、順序はあるが、原畫の考案、彫りの技巧、刷りの要領等については、決して一定の方式のあるものではない。心の表現を其のまゝ版畫として、飽くまで作者の獨自性を發揚する所に中心指標がある。
 かく創作版畫そのものは、何處までも自由なものであるが、これを普通教育てふ大眼目の下に、對象たる兒童の本質を考へて教育上に持ち來すとき、そこに兒童版畫が生れ、學校版畫のプランが立ち、眞に學童のための版畫が提唱されるのである。
 この意味に於ける學童版畫は所謂印刷畫の方式や、材料上の拘束を脱して、うんと自由に創造的な仕事をさせるがよい。或る時は版畫の興味喚起をテーマとする場合もあらう。又或る時は種々なる版畫の構成を、多方面から工夫考案させる場合もあらう。又高級な版畫を簡易化して取扱ふ場合もあらう。要は兒童の本性に立脚して、版畫のもつ凡てのものを兒童の活きた力として、眞實に培養して行くのが版畫指導の本領である。
 次に普通教育に於ける版畫教材として、其の種目を列擧すれば、
實物版――木片版、野菜の切口版、器物版、果物版、木の葉版、レース版等
彫刻版――木版、リノリウム版、ゴム版、野菜版、木炭版、粘土版、蝋石版、砥石版、鉛版、
                  銅版等     
附着版――布版、紙版、糸版等
刺繍版――リボン版、布版、絲版等
捺染版――カツパ版、謄寫版等
鑄込版――石膏版、セメント版等
腐蝕版――エツチング版、木版等
燒繪版――木版、厚紙版等
打出版――ブリキ版、銅版、眞鑄版、亞鉛版等
描 版――蝋版、クレオン版、水描版、油墨版、モノタイプ版、一珍版、鉛筆版、鐵筆版等
寫眞應用版――コロタイプ版、亞鉛凸版等
 是等の中には低學年向きのもの、高學年向きのもの、男子向きのもの、女子向きのもの等色々ある。要するに版畫は普通の繪畫と異つて、作畫に計畫的な頭がいる。隨つて版畫に入る準備指導として、シルエツトを試みるもよく、又黒色紙による切拔き繪の練習をするもよい。かくして版畫の骨髓たる、ブラツク、エンド、ホワイト[# ママ]の効果を檢討するがよい。次には手輕に得られる野菜版に、次はリノリウム[# 原本では「リノリユウム」となっている]によるリノカツトに移り、更に進んで木版畫の殿堂を開拓するがよい。そして版畫を一の趣味として、年賀状を作つたり、室内の裝飾を工夫したり、招待状や、案内状を版畫によって裝幀して見たり、又商業美術、産業美術方面に應用したりして、出來るだけ日常生活に織り込ませ、應用を自在ならしめることが肝要である。
 次に思ひ出でるまゝに、版畫の應用方面を列擧すれば、
一、版畫として――額面類
二、圖案構成――繰返法による圖案構成
三、印刷物への應用――年賀状、書翰箋、表紙、カツト、挿繪、扉、壁紙、ポスター、
       カタログ、プログラム等
四、染色物への應用――卓子掛、クツシヨン、窓かけ、袋、炬燵かけ、間仕切り等
五、塗裝への應用――箱、盆、壁等
六、版畫技法の應用――花臺、机、本立、盆、箱等に彫刻して裝飾する
 等となる。
 兎に角、時代の推移と共に圖畫科の教授内容も、變化して來たことは事實である。クレオン畫、クレパス畫、パステル畫等の安易な教材の反面に、版畫のやうな版木の性質、原畫、製版、刄物の手入、紙の濡濕性、刷毛の使用法、墨、繪具、摺、バレンの手入等各種の工程に於いて、細心の注意を要し、計劃的にして継[# 原本では「經」となっている]續的努力を必要とする教材も、亦重要である。
 更に版畫が寫生に對し、圖案に對し、又圖畫と工藝との握手、各種材料による美的構成の理解、吾國美術傳統の理解、圖畫教授實際化への効果、工程に伴ふ意志的※[#「かねへん+ 暇 のつくり」]練等の諸點を吟味するとき、將來の圖畫教育發展上、重要な役割を分擔するであらう事を疑はない。過去の教材への反省と同時に、新教材の研究を盛にし、單なる描寫の學問から脱却[# 原本では「脚」となっている]して、眞に形象教育としての殿堂を建設したいものである。
 この意味に於いて本書の如きは、版畫指導のよき參考となる事であらう。口繪の二枚は木版の多色刷、病院打診、製菓工場の横顏[# 原本では「横類」となっている]、AとBとの寫眞會話、印刷所小景、濁川のほとり、縣營グラウンド、淺間神社の夫婦梅、葡萄郷、尾白の溪谷、金櫻神社の登龍、瑞牆山とラヂウム鑛泉等は木版の一色刷、其他は多くリノカツトの一色刷である。
 勿論本書に收むる所は、甲府を中心に、縣下全般に亘つて刀を走らせた、我が郷土のプロフイールである。而し見るべ−ヂと讀むペーヂを對照するとき、單なる郷土風景の外面的現象のみを捉へたものでなく、郷土の政治、教育、産業、經濟、史蹟、名勝、天然※[#「ごんべん+巳」、読みは「き」]念物、宗教、[# 原本では改行されているため「、」がないので入れた]景勝地開發等の諸問題についても、其の全貌を描き出すべく努めたつもりである。何せよ、三十幾人かの共働勞作の集積であり、一人でものしたやうな統一もなく、或は意外な漏れもあるかも知れない。それ等は本書の改訂版に於て、又第二輯、第三輯とでも謂ふべきもので補ひたいと思つてゐる。
 創作版畫を……學童版畫を、單なる趣味教養の範圍から一歩をすゝめ、郷土の調査、研究、教育てふ一つのシステムの下に、体系づけた試みは、まだ何處でも手につけてゐないやうであるが、來るべき圖畫手工教育、郷土教育、市民讀本、縣民讀本、ガイドブツク等の使命と動向とを想察するとき、早晩誰かによつて、何處かの地方に於て、具現化されなければならぬ問題であらう。
 小さな營みではあるが、本書のプランが、都市にも、農村にも、漁村にも、農山村にも、大は一國、一府縣を單位として、小は一市、一町、一村を單位として、又ある特殊的地域を單位として、更に各種の地圖、圖表、統計等を加へ、趣味の市民讀本、村民讀本、縣民讀本等が誕生する、一つの契機ともなれば幸である。かくして、圖畫科の職能は、版畫の機能は、當然の歸結へと歩を進めるであらう。學童版畫もこんな心持ちで處理されたなら、更に一段と枝葉は繁茂し、いゝ實を結ぶであらうことに疑ひない。
 最近歐米各國の圖畫教育を、視察して歸朝された人々は、彼地に於て圖畫と綴方とが、著しく接近して來たことを報道[# 原本では「導」となっている]してゐる。また日本圖畫手工協會では、民族的な圖畫教育の建設、郷土愛強調の上から郷土風景を全國的に募集し、其の運動を開始してゐる。彼と此と思ひ合せる時、版畫の如きも、明日の圖畫手工教育建設上、正しい役割を暗示して呉れるやうな氣がする。東洋殊に日本の情緒を表現するに適した創作版畫………學童版畫の更生的意味に於ける提唱と、其のよりよき成長を願つて止まない。


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