地域資料デジタル化研究会より

 2001年9月、山梨県教育委員会学校教育課長・私立駿台甲府高校長などを歴任された八田政季先生が「水底の翳」(みなそこのかげ)をまとめられた。A4判38ページの本で、80部印刷された。
  この 「水底の翳」は、山梨出身で学術面で優れた業績を残した、そして人間性においても魅力的な3人の学者について書かれた論文である。八田先生は世界史の教師であられ、3学者の業績・思想のみならず当時の時代背景も詳しく述べられている。時代の潮流にもまれながらも、ひたむきに努力する彼らの姿に、そのエネルギーに、山梨はこんなに立派な人を輩出していたのかと誇りに思う。

  矢崎美盛氏(1895〜1953)は東山梨郡八幡村出身、東京帝国大学を卒業。哲学・美学を専門とし、多言語に精通 し、アインシュタインが来日した時には通訳を務めた。著作「ヘーゲル精神現象論」によって日本に初めてヘーゲルの哲学を紹介するとともに、我が国美学・美術史学者にとって聖典ともされる「様式の美学」や「アヴェマリア」をはじめ多数の著書を残した。後に東京帝国大学美術・美術史学科の教授となった。
  中込忠三氏(1910〜2001)は増穂町青柳出身、東京帝国大学を卒業。下町の小学校の教師をしながら、画狂と評せられた貧農の画家・手塚一夫(中巨摩郡百田村出身)の才能を発見して東京に連れて行き、物心両面で援助した。後に旧制松本高校教授、中央大学教授としてドイツ語を教え、シュヴァイツアーの「アフリカ物語」全編などを翻訳した。手塚との日々は著書「炎の絵」に記した。
 中澤護人氏(1916〜2000)は東山梨郡加納岩村出身、やはり東京帝国大学を卒業。キリスト教徒。日本製鉄に入社したが、言論弾圧事件・横浜事件に連座し、敗戦後退社。一時共産党に入党。ドイツのルートヴィッヒ・ベック博士の「技術及び文化史的に見た鉄の歴史」を徹底した調査に基づく独自の傍証や訳注を付け、12年かけて翻訳したほか多数の著作がある。

 八田先生が「水底の翳」の副題ともなさっている万葉集巻7-1319 、

    大海の 水底照らし しづく玉 斎いて採らむ 風な吹きそね

歴史の水底で輝きながら深く沈んでいた3つの真珠を八田先生が引き上げて下さったお陰で、私は山梨にこんなに素晴らしい人がいたことを知ることが出来た。資料を集め、遺族の方々に問い合わせ、論文をまとめられるのはさぞ大変な仕事であったろう。わずか80部ではもったいない。より多くの方に読んで頂きたく、地域資料デジタル化研究会で公開させて頂けるようお願いした。

 今のJIS漢字では表せない文字は※で示し、画像として正式な文字を表示した。また、八田先生が製本された御著書の中の写真で少々鮮明でないものは、御遺族の方に御願いするなどして改めて記録させて頂いた。また、インターネット上で理解を深められる資料がある場合は、リンクさせた。

 最後に、山梨の隠れた偉人を御紹介下さり、インターネットで公開することを御快諾下さった八田政季先生、お写真の公開をお許し下さり親しくお話下さった矢崎美盛氏御長女・片海美智子様、中込忠三氏御令室・美恵子様、中澤護人氏御令室・笑子様、野上弥生子氏の御三男・燿三様、上村英夫様、六川由美子様にあらためて心からの感謝を申し上げる。

          平成15年8月20日

地域資料デジタル化研究会
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採録者:中澤京子