魅せられて 小林是綱(伊東けい子個展・作品集実行委員会委員長)

 人の出会いとは不思議なものである。私はこの画集(染色)の作者・伊東けい子さんの生前を知らない。それなのに何故かずっと昔から、けい子さんの作品を創る指の動きを見、作品に語りかけるけい子さんの声を聴いて来たような気がする。
 昨年の夏、私の家を訪ねてこられたけい子さんのご主人が、汗だくで抱えてきた沢山のアルバム(写真に撮った作品)を広げたとき、風が起きた。もうすぐ梅雨が明けそうな気配さえするさわやかな風であった。
 「山からの贈り物」と題されたアケビの実が、そこにはいまだかつて見たこともない構成で描かれていた。「高原に雲の影ながれて」は、私が心に描く八ヶ岳の心象風景であった。あの大きな八ヶ岳を小さく描き、小さな果物や花たちが風に乗って大きく語りかけてくる。
 けい子さんの魂と語り合ったような気がする不思議な出会いのひと時であった。

 2000年6月20日の昼下がり、会議の休憩時間、コーヒーを啜りながら私は山梨大学の工学部棟6階の窓から甲府の街を眺めていた。ふと、後ろから呼ぶ声がする。振り返ると私と一緒に「山梨大学外部評価委員」として会議に出席していた富士通カンタムデバイスの中澤誠さんである。
 彼の話しはこうであった。「僕の仲人をしてくれた元上司の奥さんが染色をしておられた。その奥さんの作品展を八ヶ岳で開きたいという。小林さんは八ヶ岳に詳しいと聞いているので協力していただけませんか?」。
 単刀直入の彼の物言いに、私は「いいですよ」と直裁に返事した。

 これが縁となって、前述のけい子さんのご主人・伊東正展さんとの出会いになったのだ。
 伊東さんは「東京・銀座の画廊で一度、妻の個展を開いたことがあったが、生前のけい子が好きだった八ヶ岳で、もう一度開いてやりたい。そして大勢の人に観てもらいたい」
 物静かに語る伊東さんの心の内が伝わってきた。そして目の前にひろがるけい子さんの作品に魅せられた私は、開催にお手伝いすることを約束した。
 早速、清里の友人である船木上次さんに相談、決して涸れることのない彼の善意が、山梨県の施設・アクアリゾートへの紹介や、八ヶ岳高原活性化研究会の後援となって実現したのである。

 ご主人の愛とご家族の愛。そして、けい子さんが染色の世界で知り合った師や多くの友人たちの真心がつながりあって、ここに『山からの贈り物 伊東けい子染色の世界』が完成した。
 言葉をもたない野の花や木々、雲や風からのメッセージを、巧みな技法で光と影に彩なした染色画家・伊東けい子の魂がページを繰るごとに燦として輝いている。
 その輝きの一つひとつを贈り物としていただく私たちは、今、幸せである。